
校長 尾 公
歯の発生にあたって、ヒトを含む比較的高等動物では、歯の原基である歯胚とその周囲の粘膜組織や顎骨が密接に関与している。かくして出来るヒトの歯は、異形歯性と呼ばれるように切歯、犬歯、小臼歯と大臼歯(乳歯では単に臼歯)の歯腫に分化し、歯群(一個体の持っている歯の総称)として上・下顎骨に配列する。したがってこれらの歯種は、それぞれ特有の形と大きさおよび数(以下形態と略記)を有する。
そもそも動物の歯は、生物学的特徴として身体を構成する組織の中で最も硬い組織であるが、それにもかかわらず、それぞれの食性によって、それに適応するための形態に変化させるという、誠に不思議な性質を持っている。
ヒトの歯もまたその流れに沿って太古の時代に、類人猿(ヒト的な身体つきの猿類)から分かれて猿人(猿類のようであるが、身体つきや動作、生活様式がヒト科に属する)の時代を経て現存する人類が出現するなかで、雑食性に十分に適応する現在の形態に達したのである。
この適応性は上記の事から知れるように、長い年月のなかで固定されたいわゆる遺伝子を確立させて、ヒトとしての形態を生み出してきたものであるから、今後この道筋から大きく変化することはない。
ところで、ヒトの各歯種は、上・下顎の間で名称も、数もそして萌出する部位も同様であるが、形態には可成りの差異が見られる。
この理由は、1.上顎と下顎という歯の発生する「場」すなわち環境が異るために、形成能力が同じでない。2.歯の主機能が「摂食」であり、動物にとって咬合と咀嚼が十分に行われなければ、その存在価値がない。したがって機能を満足させるためには、上下顎の同名歯が形を変える必要があったことによる。
身体の構造や生命維持の働きの仕組みには、この様に合目的性(目的にかなう)が、基本的に随所に現れてくるのが常であると理解する必要がある。